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わんこ

消防車来とお。
夕食後、たらたらネットを見ていると息子が言いだした。
ふりむくと窓の外にパトライトの青い光が点滅している。
外を覗くと歩道で犬がうろうろしている。その前に消防の赤いバン、消防士が数人。そして普通の人達。
女性が騒いでいる。
犬はうろうろ。
こちらは犬は絶対にリード(引き綱)を付けなければいけない。
放し飼いはすぐさま注意勧告。
迷い犬は消防署が回収していくらしい。

迷い犬?
「犬、犬を」さわぐ女性が消防士に制止させられている。
犬、乗せられちゃうの?
闘犬?
「犬、犬」
消防車に乗せられたのは女性。
犬は綱を付けられ、消防士と残る。
病人?
救急車の代わりに消防車が来たの?

夜中の黒犬でよく見えないけど、裏の盲導犬のよう。
ハーネスはつけていないので、散歩の最中だったのか、家からでてきたところなのか。
じゃ、女性は聴覚障害者?
「犬、犬」
消防車のドアが閉まる。
中から叩く音が響く。

犬は近所の人に連れて行かれ、アパートの前で誰が預かるか相談するのを、静かにちんと待っている。
- 親御さんを呼んだから
- うち、犬には慣れているから

飼い主に何があったのか、様子見の検査なのだと思いたい。
明日帰ってこられるといいね。
早く普通の暮らしに戻れればいいのに。


そしてその後 (8/31追加)
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by mkbookies | 2014-08-30 15:05 | アルザス | Comments(0)

アメリはどうして日本で出版されないのか

文章がいい。
誰もが一番に言う作家。
語彙が多く、表現が豊かでフランス語文学に通じ、引用も深い。
その反面会話は今どきの口語。
ベルギー人だが海外生活が長く、アジアで引きこもってゾラを読んでいた時期もあり、文学の地盤が固い。
日本語で言うなら森鴎外調の現代小説といったところか。
そして口下手な人間の内面と、それに対する相手の反応や誤解が、赤裸々に綴られている。
鋭利な切り口はあまりにもあからさまで、こちらがこっ恥ずかしくなるくらい。
文章でなら自分を表現できる人。
そうそう、そういうことあるある、言いたくなる箇所がそこここにある。
そのくせ日本語訳が出版されていないので、大学、語学学校等のフランス語テキストには最適だ。

そう、この作者、日本語訳がほとんど出ていない。

1990年代「畏れ慄いて」で企業体制暴露、批判、そしてアンチ・ニッポンとまで言われたアメリ。
すぐに読める、あっという間に読了。斜めに読んでもうわかった。
くだらない。上から目線。所詮外国人。
嘘ばっかりでしょう。
日本人からの評。

フランス人からは「日本ってホントにこうなの?」
聞かれる在仏日本人が多かったと聞いた。

フランス人にとっては話のきっかけに過ぎなかったのだ。
話題が引き出せそう、というネタまみれな本。
相手はあなたと話がしたかったのだ。
そこからニホンについて話そうが、吹雪さんみたいな人フランス人にもいるでしょうと言おうが、フランスのトイレについて話そうが、ウォッシュレットについて話そうが、それはあなたにかかっていたのだ。

切り出しはフランス人にとってきっかけにすぎない。
フランス人にとっての会話は連想ゲーム。
フランス人はしゃべるために生きている(こともある)。
ベルギーについては不明。

あれから15年。
そろそろ“アメリー・ノートン”の翻訳出版、再度スタートの時期だと思う。
「畏れ慄いて」の汚名を挽回したければ、「ロベール(Robert des noms propres)」「生き方のひとつ(Une Forme de Vie)」、「父殺し(Tuer le Pere)」そしてペトルニーユと読んでいくのが一番だ。
そして他の本も。


癖のある、好きと嫌いが真っ二つにわかれる可能性も確かにある。
けれど老舗企業はただの外国人契約社員OLに翻弄されたのではないということが、
読めば明確にわかってもらえるはず。

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by mkbookies | 2014-08-30 14:28 | 洋書 | Comments(0)

ペトロニーユ 感想

どんな本?
と聞かれた。

がはははは。
思わず笑ってしまった。

日本の大企業の逆鱗に触れた「畏れ慄いて」、おかげで翻訳がされなかった「ロベール(Robert des noms propres)」「生き方のひとつ(Une Forme de Vie)」、「父殺し(Tuer le Pere)」に続くアメリ・ノトン登場話。

この作者、自分のペンネームで遊んでる。

あらすじ:
サイン会でファンレターをくれた女性と会う。いつしか酒飲み友達となり、一緒に遊びに行く仲に発展していく。正直であけっぴろげで、リーダーシップを発揮する彼女。振り回されることも多々あり。スキーに行くと発案したのも彼女だし、夜中にホテルからマットレスを運び出して叩く羽目になったのも彼女のせい。年末は女性の実家にふたりで突撃し、ご両親ともご対面させられたり、突然「あたし、サハリに行く」と去っていかれたり。
待ちに待ったお誕生日会もいきなりキャンセルの連絡が来た。
アメリはシャンパンとグラスと氷を背負って彼女のもとに突撃を書ける。そして。

今回も格調高い文章で、今どきの流れに乗り切れない女の子を描く。
臨場感あふれる展開に右往左往する不思議ちゃんたち。(齢は三十前後だが)
このファン、実在するの?一体何者?思いつつどんどん読み進めてしまう辺りはまるでミステリだ。
アメリの夢を実際に共有していると感じさせる辺りはファンタジーだし。
まぁ分類なんてしている余裕もなく読んでしまう。
けれど電車、バスでは読めない辺りがつらい。
だって突然吹き出してしまうんだもん。

というわけで、感想は、
ガハハハハハハ。

この人の本、日本でも絶対売れるよ。

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アメリ・ノトン(アメリー・ノートン) 
Pétronille 聖女ペトロニーユ 語源は、結婚よりも神に仕えることを望み、そのまま神に召された女性なそうな。
けれどペチオン(発泡性の液体)に引っ掛けているんじゃないかと言われるほど、シャンパンが何本も抜かれた本だった。
そしてところどころに筆者の本音が見え隠れ。
この人の本は座布団五枚の価値がある。

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by mkbookies | 2014-08-30 04:11 | 洋書 | Comments(0)

Pétronille (ペトロニーユ)

今年もアメリの新刊が出た。
一年に一回ソフトカバーなハードカバーが出版され、その数カ月後に前新刊のペーパーバックが出る。
毎年高く買うかペーパーバックを買うか、一ヶ月は迷うのだけれど、今年は「結局どうせ買うのだから」と購入。
まだ読みかけなのだが、ちょいと書いてしまう。

※※※※※※
はじめは少年かと思った。
十五才くらいの、男の子。

それがファンレターを送ってくれた、女性だとわかったときの驚き。
もっと年上だと思っていたのに。
- 23歳なの。
シェークスピアをテーマに論文を書いているという彼女を、アメリはパリのカフェに誘った。
シャンパン、ルイ・ロドゥレをボトルで注文。飲んで話して盛り上がる。
一年間スコットランドでフランス語を教えていたと彼女は、そこでひとつの恋をして、そして恋を失ったという。
文学を私生活を、飲んで話す充実したひと時が流れる。
それから一年後、アメリは本屋で一冊の本を見つけた。
Pétronille FANTO著、Vinaigre de Miel
作者近影の姿は、一年前のままだった。

※※※※※※※


さて、ホントのことしか書かないともいうアメリ、
まず検索してもVinaigre de Miel(蜂蜜ビネガー)という本がない。著者の名もヒットしない。
まぁ固有名詞をそのまま使わなければ法に触れるというわけでもなく、
現実と虚構の世界が交わっている辺りがアメリワールドの魅力、ということで、
このまま今夜はアメリ節で酔わせてもらう。
傍らには当然ルイ・ロドゥレ。
とブログには書いておこう。


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アメリ・ノトン(アメリー・ノートン)
Amelie Notomb Pétronille


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by mkbookies | 2014-08-23 05:06 | 洋書 | Comments(0)

アメリカン コージーミステリ

エレイン・ヴィエッツ 著ヘレンの崖っぷち転職記第二弾、「死体にもカバー」を読了。

今回は本屋の店員さん。
売上が悪いわけでもなく、常時お客が来るのにチェーン店が次々と閉店していく。
経営者は大金持ちのしわい屋さん。おまけに女癖が悪い。
本売ったげるよ、言っては自費出版を目指す女たちに騙くらかす。

簡単にいえば底抜けに単純な男。

コージーによくあるようにこういう男は殺害される。
場所は密室アパート。主人公の住むアパートなのだが、ここまでの展開が事件が起こってもおかしくないが、けれども設定に不自然さはない。
(こんな素行の悪い経営者が本当にいるか、というところを除けば)

天誅、で済ませてもおかしくはない展開なのだが、問題は、主人公の女友達が誤認逮捕されたこと。
真犯人をあげないことには友達はこのまま刑務所で一生を過ごすことになる。
主人公は真相解明に聴きこみをはじめた。

※※※※

と書けばごく普通の推理小説、女子供の読むコージーのようなもの。
それでも特筆すべき点は、登場人物のぷち切れぶり。面倒見のいい美味しいものをどんどん出してくる大家マダム、アパートの住人は奢らせ魔や、いんちき臭い占い師、そして姿を見せないマリワナ男。誰もが一癖も二癖も持っている。
勤務先の本屋も、従業員、お客と変人揃い。踊りながら掃除をする店員、本で攻撃するお客、そして百合もいる?
その傍らオウムも猫も大活躍。

読んでいると、人の家におじゃまして、くつろいで休んでいるような気分になってきた。
コージーって、特にアメリカのって、肩をはらずに読めるからいいんだわぁ。
ラストもこれでいいのかこの人は、というような活劇をする輩がいて、大団円だし。
突っ込みどころ満載の、お昼のソープオペラ、夜のサスペンス劇場みたいでした。
お馬鹿な気分に浸りたい人におすすめ。

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わたしは三作目を読みはじめています。


Dead end jobシリーズ、Murder Between the Covers
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by mkbookies | 2014-08-20 04:09 | 洋書 | Comments(0)

着物の猫


外国から見たニッポンは、教科書レベルでも笑えるものがある。
着物を着た人たちが鯉のぼりで凧揚げをしていたり、畳の上で履物を履いたまま正座をしていたり。
こちらもフレンチお惣菜を持ち帰っては醤油をかけて食べたりしているのでお互い様。
微妙な境界線を笑いのネタにして日々暮らす反面、真面目くさって記されている書物には手を出さないようにしている。
たとえばこういうの。


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でも、猫柄にそそられて開いてしまった。

マンガというか、絵本というか。
はじめの数ページの画像がこちら、Le Chat du kimono T.1


九州オサ山(オザ山?)の昔話。男が美人に着物を送った。柄は黒猫。女は日がなうっとり猫をなぜ、男の方を見向きもしない。嫉妬した男はネズミ柄の着物をまとう。猫達がネズミを追って着物から抜けだしてしまった。
女はさらりとネズミの柄に矢を描く。
ネズミを射(い)殺され、立腹した男は次に鶴柄の着物で対抗。
猫たちは騒ぎたて、ついに女の着物の左胸から一匹の猫が抜けだし、これまた男の着物から抜けた鶴を追いかける。
左胸が無地になった着物に、男は猫を描いてやると約束をした。
しかし実際に描いたものは一羽の鶴。
着物の猫たちが騒ぎだし、女の胸に爪を立て牙を立て。

話変わって鶴を追って抜けだした猫の話。
大惨事のあと宿無しとなった猫はいつしか外国船に紛れこむ。

話はそこからイギリスに進み、ワトソンとホームズと会い、女の子と会い、女の子ときのこを食べて、少女と猫はろくろっ首。。。

詳細はもっと深い。
ワールド炸裂なマンガで、ファンタジーとして楽しめた。



Nancy Peña(ナンシー・ペーニャ) 公式サイト

このシリーズはあと3冊出ている。
こっちのブログに紹介あり。

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こういうのもあり。

斬新で新鮮で、毒もあって、これはこれでとっても綺麗。
けれどこれを見た人たちから、これこそ日本と思われたならば、それはとっても困ること。
そう言う自分も世界を勝手な色眼鏡で見ているけどね。
この世は勘違いで満ちている。

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by mkbookies | 2014-08-14 06:13 | 洋書 | Comments(0)

日曜日、今日は何をする?

日曜日の朝、晴天。おでかけ日和。フリーマーケットにも最適。ラジオのアナウンサーが尋ねる。
- 今日は何をしますか?
リスナーの女性が元気に答える。
- ポテトフライです。
フィリップ・ドレルム著「祖母がこんなの持ってたよ」の中にある「日曜日、何をする?」から。

読みながら、こういう抑揚の本をどこかで読んだと考えていた。
フランスの日常、どこにでもある風景。
ささやかな出来事。映画、ラブ・アクチアリーのプロバンスでの英国ミステリ作家とポルトガル娘のような穏やかな陽射し。
何の本だっけ。
考えながら旧市街に出かける。
観光客が行き交う町。
わからない言葉の中に時々英語、ドイツ語が聞こえてくる。子供連れ、車椅子も多い。
どこかで見たような人が向かいから歩いていた。
中年男性。顔の真ん中にパーツが集まった風貌。白人、白髪。ブルーアイ。
ちょっと内気そうな優しげな雰囲気。
会社? 町医?
誰だっけ。
目が合ったので会釈だけしてすれ違う。
外国人の顔は見分けがつかない。
小さい町、無難にことが済むことを、祈るしかない。


思い出せないことふたつ。
自分、これで大丈夫かい、叱咤しつつ、思い出せないことすらいつしか忘れた。


と思っていたら一晩経って思い出した。

昨日出くわしたあの人ラブ・アクチュアリー、Mrビーンの脚本家、リチャード・カーティス監督に似ていたんだ。
まぁ当人とは思わない。現在の監督は、ラブ・アクチュアリー時代よりも数年齢を経ていることだし、
似た系の、見る人が見ると全く別人の男性だったのだろう。
まったく外国人、どの顔も一緒に見える。

そして「祖母がこんなの持ってたよ」
南仏プロヴァンス本で一躍有名になったピーター・メイルだ。
観点もノリもテンポも文体も、方言も空気も風景もまるで違う。
けれど、出くわした人間の、自己主張への迷いのなさがどちらも同じ。
自分の考えを腹蔵なく述べ、相手の意見はそれでそれ。
相手に合わせる必要はない。
そして意表を突かれた著者(フィリップ・ドレルム)や外国人(ムッシュー・メイル)が、見解を心のなかで発酵をさせる。

ざっと読んで、そんな印象を受けたのだけれど、違うかな?
外国の本は、どの本をとっても一緒に見える?


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by mkbookies | 2014-08-10 16:07 | 洋書 | Comments(0)

「祖母がこんなの持ってたよ」

もしくは「田舎(さと)にあったな、こんな物」

ビール、のフィリップ・ドレルムが2008年に出した随筆集。
外国人でも知っていると便利、というような、半分紋切り型のフレーズの題名が並んでいる。
- 人生をやり直す
- ちょっと多いけれど、いい?
- 携帯を切るのを忘れないで下さい
- 今日は何しますか
- 変えれるよ
他。

中身は各フレーズにつながるエッセイ。

タイトルは日曜日の午後、おそらくパリでの一風景。
市をひやかす散歩人が言う。
「祖母がこんなの持ってたよ」

ちんけなものだと言っているいるわけではない。
似たようなものが郷にあった。
骨董ではない、日常用の、あればちょっと便利だったもの。
使いこまれて、古びて捨てられた小物。
こうやって明けて、こうやって挽いたんだよな。こう、こう。
語りながら懐かしさがこみ上げる。
ふと思い出すその瞬間が愛おしい。


二、三ページで綴られる掌編エッセイ。小沼丹に似た雰囲気で、とても一気には読みきれない。
各話が世界を孕んでいる。


Philippe DELERM 著 「Ma grand-mère avait les mêmes」  2008年出版

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by mkbookies | 2014-08-07 16:21 | 洋書 | Comments(0)

この本乱丁につき販売を保留します


ネットをぷらぷらしていると、牟礼鯨さんの西瓜鯨油社にこういう記事があった。
>AmazonからKindle版『南武枝線』についてのお知らせメールが来ていた (中略)読者からお客様の本に問題があると報告を受けたためです。

空白行(ぎょう)を乱丁とみなしたネット本屋さんの措置。
週刊マンガや文芸雑誌で著者が白紙で納品した時代は、とっくに過去となったらしい。
いや、これはそれとは全く別の次元の、文学的な空白なのだけれど。

ふむふむと読んでいるうちに、こっちはどうなっているのか、ふと思い出した本。

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(紙葉の家 マーク・Z・ダニエレブスキー)

同じ通販会社で検索をしてみた。
Kindle版はなかった。
原書もしかり。

本とは、字や線がひっきりなしに並んでいる物質にあらず。

いくら画像が表示できるからといって、
線の羅列で収まらない本なんて山ほどある。
触る絵本、大きい本、べたべた触って頬ずりしたくなる本。
そして、改行が必要な本。


その反面、画面からなら貞子嬢が身を乗り出して来てくれるけどね。







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by mkbookies | 2014-08-05 16:17 | | Comments(0)