耳が聞こえなかったら何で意思表示する?

相手に何か伝えたい、そんなとき、どうする?
声が出ないとしたら。
相手の意見が聞こえないとしたら。



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「龍の耳を君に」丸山正樹著

どこにでもあるのだ。
「口の動きで読みとれ」、「手話は邪道」という教育法が。
そして今回はもうひとつ、「発達障害は育て方が悪い」

でも家ではそんなことを言っていられないではないか。
まずは相手と丁々発止の意志疎通が必要だ、
気持ちも言葉も、体全体で表せる、それには手話が最適だ。
ボディランゲージの複雑版。
地方ルールや家庭サインがあふれていても。
所違えば物違う、にしても。

手話通訳士の荒川は、聴覚障害の家庭に育ったたったひとりの耳が聞こえる子供。
母語の一つに手話がある。
子供の頃から通訳を務めてきた。
電話、訪問者への対応、買い物の交渉、事あるごとに委ねられ、そして、大人になってその世界に背を向けた。

けれども、経済的、という極めて大人な事情でこの世界に戻ってきたのが前作。
そして、今も続いている。
生活の糧として。
そして他の人ではできないこととして。

通訳が関わった、聞こえない人たちの犯罪や、殺人事件が描かれた、ミステリ仕立ての3編。
ミステリ、犯人当て、動機探し、とてはどこか先読みができるところがあった。心理描写とそれに裏付けられた行動、という面では納得の行きかねる展開もあった。それでも読ませるのがそこここにちりばめられた聴覚障害のエピソード。
聴覚に問題があってもまだ見えるからいいじゃん、手話なんて禁止されるから学校で流行るのよ、くらいの、傍観が、ほんの少し身近に感じられるようになる。そう思いつつ読んでいたら

「わしらの社会は狭い。同じ年頃で、同じ県内にいれば、知り合いじゃないほうが不思議だ」

これは、ムラ社会で育った身には強烈にこたえた。

誰にでも、どこか触れそうな一言、エピソードであふれている。

御託を並べるよりまずは読んでみて、と、読み終えた今は興奮冷めやらず言うしかないのであった。
発語障害かな?

他に手話家族育ちの聞こえるコが出てくる映画:フレンチで



邦題 エール。

ドイツで


邦題 ビヨンド・サイレンス

そして日本とフランスの違いを描いたドキュメンタリー、海を渡る手話の少年 17歳の夏 もあったなぁ、と思いネットを探していたら、こういうのもあった。


この映画のテーマだよね。




邦題:最強のふたり 。




「狭い常識」で通じないなら、手練手管は多い方がいい。




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by mkbookies | 2018-05-08 08:19 | | Comments(1)
Commented at 2018-06-18 23:01 x
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